ドアの下には階段が続いている話

ランドセルにノートや教科書を詰め込んでキャハキャハ言っていた馬鹿だったあの頃に、母親は週に3回か4回のペースでギャンブルに出かけていて、僕は一人で家の中にいることは当たり前のことして生活していた。今よりはるかに高い天井に見おろされながら、ソファーに寝転がって衛生放送の海外アニメを見ることで寂しさとか退屈さとかを紛らわしていたのだが、時計の針が何回も一周しても帰ってこないときは、リモコンを武器代わりにしながら家の中を探索していた。トイレか二階の仏壇の部屋だったと思う。たまにドアの下を見ると階段があって線画がぶっ壊れたかのような世界へ行ける。僕はその世界のことを「クウコウ」と言っていたのだが、なんでそんな名前にしたのか忘れてしまった。とにかくその世界は歩いていたと思ったらうつ伏せで眠っていたり、椅子に座ったかと思ったら全速力で走っているというわけのわからない世界だった。クウコウには肩幅のやたらと大きな人が住んでいた。足が細くてシルエットはしゃもじみたいだった。僕は幾つかの言葉を教えてもらったのだが、どれも水彩画みたいに不安定で一つも記憶に残らなかった。僕はクウコウに飽きたら適当な階段を探して自分の家の中に戻っていたのだけど、偶然なのかそういうものなのかわからないのだが僕が変えると母親も帰ってきた。遅くなってごめんねと謝りながら近づいてくる母親の顔はいつも変な感じで、フォークでぐしゃぐしゃにしたくなった。僕はいらないものがあるとクウコウに投げ捨てていたのだけど、そういうことが原因でクウコウは家の中から消え去った。大人になってからクウコウにいた肩幅の広い人が電柱を抱きしめていたのを見かけたことがあるのだけど、怖いというより面倒くさくて近寄らなかった。

走りタバコの時代に捧ぐ

最近はマナーの良い喫煙者が増えたと思う。このまえも4、5人の大学生グループが歩きタバコをしていた。それだけでもかなりマナーが良いというのに、大学生の一人が携帯灰皿を取り出したときは驚いた。ベンチに座っていたおばあちゃんもニコニコと微笑ましそうに彼らを眺めていた。


走りタバコが問題になったのはいまから数年前のことだろうか。きっかけはとある人気YouTuberが「走りながら吸う煙草は上手い」と動画をアップロードしたことだった。そのYouTuberは数ヶ月もしないうちに、大麻を吸いながら走っているところを警察に取り押さえられたのだが、走りタバコブームは衰えるどころかさらに勢いを増すばかりだった。


テレビのニュース番組にも度々走りタバコが取り上げられたのを覚えている。画面には若者が2、3本タバコを口に咥えながら街中を全力疾走する様子が映っていた。


評論家は口を揃えて「いやー、新しい時代になったものだ」と言った。これだけ喫煙者のマナーが良くなったのは歴史上初めてかもしれない、と。


確かに十数年前は本当にひどい有り様だった。踊りながら吸う「ダンシング」、七種類のタバコを一度に吸う「レインボー」、死体の口にタバコを差して煙を味わう「なきがら」など、数えきれない裏喫煙が流行し、社会問題になっていた。


その当時、僕は小学校低学年くらいだったのだけど、親戚のおじさんが平気でお年玉袋にタバコを入れるような恐るべき時代だったのだ。


しかし、当のおじさんはというと酒が回ると「今はかなり喫煙者に厳しい時代だよ、肩身狭い」とよく愚痴をこぼしていた。


おじさんが20代くらいのときは場末に喫煙所というものがあったらしい。仕事で辛いことがあったり好きな人に振られたりしたときは、愛用のタバコを喫煙所に連れこんで欲望のまま吸い口をもてあそび、何もない空間に紫煙を吐きつける。そうすることで嫌なことを全て忘れることができたという。


おじさんの話を聞いたとき、僕はかなりぞわっとしたのを覚えている。タバコを吸うだけの部屋があるといういかがわしさに気持ち悪くて仕方なかった。


そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、おじさんは僕の耳元で照れ臭そうにこう囁くのだった。


「喫煙所があったときは、じっと立ったままタバコ吸ってたんだよ。へへへ」


せり上がるものを感じて嘔吐した。

じっと立ったままタバコを吸うなんてど変態のサイコパス野郎かよ。