ノコギリで真っ黒な夜空は分断されて
血液は蛇のように坂道をくだっていく
ブルーシートで覆い隠された死体のそばには
誰が置いたのか、ひまわりが添えられていて
四角く折りたたまれたメモ用紙には
マジックで「鍋の蓋が気がかりです」と書かれている。
掘りごたつに憧れて
マンホールの蓋をどかして
できた穴に足をつっこんで
座った記憶がある。
足は重力に引っ張られて
なにか間違えると靴は下水に
落ちてしまいそうだった。
僕の通学路にはダンボールに入った「捨てられた犬」はいなかった。
潤んだ目で僕を見てくる子犬はいなかった。
汚い毛布に包まれた弱った子猫はいなかった。
僕がそれを知っているのは漫画だかアニメだか小説だかで
腐るほど出てきたからで、今はもうないのかもしれないけど
僕が生まれる前はダンボールに入っている犬や子猫は当たり前の光景だったのかもしれない。
けど、僕は見ていない。
「椅子だって歩きたいんだから」と
趣味で靴をつくっていたおじさんは言っていた。
年に1回ほど僕の実家に遊びに来るおじさんは
人間ではなく、犬や猫、椅子やテレビ、寒さや悲しみ
といったものにオーダーメイドで靴をつくっていた。
私は落ちていく
底はない
風は冷たい