ドアの下には階段が続いている話

ランドセルにノートや教科書を詰め込んでキャハキャハ言っていた馬鹿だったあの頃に、母親は週に3回か4回のペースでギャンブルに出かけていて、僕は一人で家の中にいることは当たり前のことして生活していた。今よりはるかに高い天井に見おろされながら、ソファーに寝転がって衛生放送の海外アニメを見ることで寂しさとか退屈さとかを紛らわしていたのだが、時計の針が何回も一周しても帰ってこないときは、リモコンを武器代わりにしながら家の中を探索していた。トイレか二階の仏壇の部屋だったと思う。たまにドアの下を見ると階段があって線画がぶっ壊れたかのような世界へ行ける。僕はその世界のことを「クウコウ」と言っていたのだが、なんでそんな名前にしたのか忘れてしまった。とにかくその世界は歩いていたと思ったらうつ伏せで眠っていたり、椅子に座ったかと思ったら全速力で走っているというわけのわからない世界だった。クウコウには肩幅のやたらと大きな人が住んでいた。足が細くてシルエットはしゃもじみたいだった。僕は幾つかの言葉を教えてもらったのだが、どれも水彩画みたいに不安定で一つも記憶に残らなかった。僕はクウコウに飽きたら適当な階段を探して自分の家の中に戻っていたのだけど、偶然なのかそういうものなのかわからないのだが僕が変えると母親も帰ってきた。遅くなってごめんねと謝りながら近づいてくる母親の顔はいつも変な感じで、フォークでぐしゃぐしゃにしたくなった。僕はいらないものがあるとクウコウに投げ捨てていたのだけど、そういうことが原因でクウコウは家の中から消え去った。大人になってからクウコウにいた肩幅の広い人が電柱を抱きしめていたのを見かけたことがあるのだけど、怖いというより面倒くさくて近寄らなかった。