映画『小さな園の大きな奇跡』感想

www.youtube.com

 簡単にあらすじを説明すると、5人しかいない廃園寸前の幼稚園のために、元エリート幼稚園の園長が立ちあがるというお話。
 5人の女の子たちの家族は貧しい生活をしていて、転園しようにもお金がなく、満足な教育が受けられない。
 テレビでその幼稚園のことを知ったルイは、4500ドル(約6万円くらい)という薄給にも関わらず園長になることを決意する。

 映画では、貧しい村人たちの生活と、満足に教育が受けられない子どもたちの実態が描かれつつ、園長ルイと子どもたち(とその家族)との心温まるふれあいがメインとなっている。

 ストーリーの骨格だけを追うと、よくある感動ものなのかもしれない。
 特に目新しいシナリオではないし、ところどころご都合主義っぽいところがあったり、ギロチンとか微妙なシーンもある。
 映画の出来だけを見ると満点とは言えないかもしれない。
 だけど、観終わったあとに心の底から良いものをみたなという感覚になれる映画だった。とても魅力的でやさしい。

 なんといっても役者の演技がすごくいい。
 ぼくには演技の上手い下手というのはわからないんだけど、画面越しに伝わってくるものはあると思う。
 ざっくばらんな言い方をするとその人の持っている雰囲気になるんだろうか。
 5人の女の子はほんとに自然体だった。ぎこちなさも含めて、子役にありがちな過剰な演技が感じられなかった。
 素なんじゃないかなとさえ思った。
 この映画の登場人物たちは、役であるのを置いといても一人一人の魅力というかその人らしさがすごく出てた。
 だから感動的なシナリオが余計に胸に染みた。
 エンドロール中に、収録現場の映像が流れた。大人も子役も含めてみんなめちゃくちゃ楽しそうにしているのを見て、ああと思った。
 監督がすごいんだなって。映画の監督の役目って、映画を取り仕切るっていうイメージしかなかったんだけど、役者の力を引き出すっていうのもあるんだなと改めて思った。
 忘れがたいすごくいい映画でした。

かわっていく

 神保町で古本市がやっていて僕は毎年それをすごく楽しみにしていたんだけど、今日の今日まで忘れていた。明日は休みだから行ける。でも行かないと思う。
 自分の生活のなかでいつから小説や本がウエイトを占めるようになったのだろうか。いまや壁を覆い隠している本棚にも、そこに詰まっている本にも興味がない。邪魔だとは思わないけど空気みたいなものだ。壁に貼ってあるポスターが部屋に溶けこんでいくように、インテリアとして本棚が生活に馴染んでいる。
 映画もあんまり見ないようになって、わりと暇になった。暇になったけど、時間は足りない。むしろあっという間に過ぎるようになった。小説は圧縮された時間のファイルみたいなものだから(変な比喩笑)、単純な月日だけだと速く感じるのだろう。この二ヶ月くらいで色んなことがあった。けど二ヶ月前と今の時間をつなげると、やっていることは変わっていない。
 僕は24なんだけどこの年になってようやく人と人との関わりとか、社会性みたいなものを考えるようになった。
 昔は仲のいい恋人を見かけても嫉妬も関心も持たなかったのだけど、いまはちゃんと嫉妬するようになった。一人で読書がしたいから友達なんていらないと思っていたけど、普通に友達が欲しい。
 色んな楽しいことを投げ捨てていたんだよなあ。とはいえ、僕が小一に戻ったとしても友達も恋人もできる気がしない。あと、楽しいだけじゃないっていうのもわかっている。すれ違いやいざこい価値観の衝突とか色々あるんだろう。完璧な友達なんてエゴかもしれないし。多分そういう違いを認められなかったからいま友達がいないんだろうね。
 僕が人と人との関わりを欲するのは、寂しいというより(もちろんそれもあるけど)、一人でいることの楽しさの限界を知ったからだ。
 というより一人でいることの楽しさと、誰かと関わることで生じる楽しさ、別々なんじゃないかな。
 誰かと関わるとたいていは平凡な会話で終わるんだけど、たまに知らない価値観で殴ってくるのが楽しい。自分が意識していないことを他人は意識していたりするんだよね。
 たとえば僕は目玉焼きに塩をかけるんだけど、それが学校生活の中で話題にあがるまでは特に意識していなかったし、いまでもソースだけはわからなくて、わからないからおもしろいなって思う。
 で、この二ヶ月失敗しまくって自分なりに考えた結果、人と関わるコツは、自分を軽くすることなんじゃないかなと思った。
 相手の言葉で傷つかない。自分勝手な期待はしない。裏読みはしない。嫌われてもいいから自分の考えは伝える(相手の価値観を否定するということではないです)。自分を護る嘘はつかない。
 っていう感じ。
 自分で確認するために書いてみた。人と関わっていくうちに変わっていくだろうね。